ヒトはなぜニキビになるのか?

ヒトはなぜニキビになるのか?皮脂の分泌が亢進して、毛穴が詰まって・・・ということではなくて、そもそも何故、ニキビという病気がヒトに存在するのか?という問いかけです。
ニキビは、ヒトでは非常にありふれた病気ですが、犬や猫でニキビ様の病態が知られている以外は、ヒト以外の動物では殆ど例がないそうです。ですから、上の問いかけは、「なぜ、ヒトだけにニキビという病気があるのか?」と言い換えることができます。

本当のことを知っている人は、多分、いませんし、そもそも答えは一つだけではないのかもしれませんが、面白い仮説が発表されたので、ご紹介したいと思います。

Med Hypotheses. 2020 Jan;134:109412.
Why Do Humans Get Acne? A Hypothesis
J F Shannon

先に結論というか、仮説の要点を述べておきます。

ヒトは動物界の中でもとりわけ、お産が「重い」生き物です。赤ちゃんの頭の大きさに比較して産道が狭いからです。狭い産道を通過する際に特に困難を伴うのが頭、顔、そして、胸と背中で、これはニキビ発症の第一条件となる皮脂腺の分布と一致します。そして、皮脂腺は、胎児が子宮の中にいる間に母親由来のホルモンの影響で発達して、出産の頃に皮脂の分泌が活発になります。こうして分泌された皮脂が「潤滑剤」となって、赤ちゃんが産道を通りやすくしているのかもしれない。
出生後に皮脂腺は小さくなって活動を休みますが、思春期になってホルモンバランスが変化すると、その影響で再び活性化して、それがニキビの発症につながるのだという仮説です。

それでは見ていきましょう。

ヒトは脳の発達と引き換えに難産を受けいれ、そして難産に適応するように進化した

ヒトが他の霊長類、あるいは他の動物と際立って異なる点は、二足方向をし、体の大きさに比較して大きな頭部、大きな脳を持つことです。この特徴が、ヒトの知能発達と繁栄をもたらしたと、一般的に考えられているものと思われます。
二足方向に適するために、ヒトの骨盤が狭くなり、逆に頭は大きくなったことで、お産は難しいものとなります。この難産化に適応するために変化したと考えられるのが、一つは泉門(乳児の頭部を触ると、頭頂部の少し前あたりと後頭部に、ふにゃふにゃして、骨が無い部分がありますが、それが大泉門と小泉門で、お産の際、胎盤の形に合わせた頭部の変形を助けていると考えられます)、もう一つは、赤ちゃんが産道を通過する際の回旋(産道の形に合わせて赤ちゃんが体の向きを少しずつ変えながら、産道を通過すること)です。
また、他の動物と比べて未熟な状態で生まれてくることも適応の一つと言えるでしょう。母親が一人でお産をするのではなく、仲間がお産を助けるのもヒトだけなのだそうです。

仮説:顔面での皮脂腺の発達は、難産に対する進化的適応の一つである

ヒトの頭部、顔面での皮脂腺の発達も、こうした、難産に対する進化的適応の一つかもしれない、というのが本稿の仮設です。上述のように、皮脂腺が特に発達しているのが頭部、顔面、次いで胸部と背部です。これらの皮脂腺は妊娠中の4か月目くらいから、胎盤を通過する母親由来のホルモンの影響で成長し、周産期にたくさんの皮脂を分泌するようになります。この皮脂が潤滑剤となって、赤ちゃんが産道を通りやすくなり、また産道を通る際に赤ちゃんの肌を摩擦から守っているだろうということです。

体毛が失われたにも関わらず皮脂腺が残ったのは、何らかの選択圧が働いたからと考えられる

皮脂腺は体毛を支える毛包と一体となって一つの単位となっています。このような単位には3種類あって、それぞれ、軟毛性毛包(Vellus follicles)、脂腺性毛包(sebaceous follicles)、終毛性毛包(terminal follicles)と呼ばれています。軟毛性毛包は細く短い毛を持ち、皮脂腺はあまり発達していません。大部分の体毛はこれに該当します。脂腺性毛包は細く短い毛を持ち、発達した皮脂腺を持ちます。毛包の管が毛の細さと比べると10倍程度と太くなっていることも特徴で、皮脂の分泌に特化した構造を持っていると考えられます。この脂腺性毛包がニキビの原因となる毛包で、顔などに多く分布します。終毛性毛包は太く長い毛を持つことが特徴で、発達した皮脂腺を持ちます。終毛性毛包は頭部に多く、つまり髪の毛となっています。

ヒトは他の動物と比べて体毛が少ないことも特徴の一つです。一般に、ヒトの祖先はチンパンジーや他の霊長類と同じように太い体毛に覆われていたのが、何らかの理由(汗腺の発達と併せて、暑さに適応したなど)でそれが失われていったと考えられています。
つまり、終毛性毛包が失われて軟毛性毛包に置き換わっていったと考えられるわけですが、手足などで見られるように、体毛と皮脂腺とが比例して委縮するのが自然な変化のように考えられます。ところが、顔などで見られる脂腺性毛包のように毛は細くなったのに皮脂腺が発達したまま残ったのは、何らかの「選択圧」があったためではないか?と考えられます。本稿の仮説は、この選択圧が上述の難産に対する適応なのではないかと考えています。

頭と顔の違い

毛髪が生えている頭部には終毛性毛包が残っています。終毛性毛包では、皮脂腺は発達していますが、太く長い体毛が(進化の過程で)保たれています。皮脂腺は発達しているので、上述の「お産の際の潤滑剤」としての機能は果たすと考えられます。
ニキビが発症する思春期以降、頭部の終毛性毛包でも皮脂の分泌は増加します。しかしながら、終毛性毛包では、毛髪が毛包の管内全体を占めていて、毛が徐々に伸長する(休止期もありますが)ために、皮脂が絶えず管外に押し出されることで毛包が詰まってしまうことがなく、したがってニキビにはならない(なりにくい)と考えられます。

皮脂腺の偏った分布をもたらした選択圧を説明できるような皮脂腺の働きは他に何かあるのか?

皮脂腺は、本稿の仮説以外にも様々な働きが提唱されています。抗酸化作用を有するビタミンEを供給し皮膚の健康を保つ、皮脂に含まれる脂肪酸の中には抗菌作用を持つものもある、汗が皮膚上で膜状に広がるのを助けることで温度調節をする、などいろいろありますが、これらは、なぜ、頭、顔、胸、背中に皮脂腺が偏って分布しているのかという問いには答えられません。
また、生まれてから思春期に至るまでの間、皮脂腺は活動を休んでいますが、その間も皮膚は至って健康な状態を保っていますから、上述の選択圧を説明できるほどの理由は、本稿の仮説以外には(今のところは)見当たりません。

ヒトだけにニキビができる、他の理由

ここまでは、何故、ニキビという病気がヒトに存在するのか?という問いかけに対して、ヒトという種族の遺伝的要因についてスポットを当てて見てきましたが、ニキビは食事習慣の影響も強く受けることが知られています。
世界中を見渡すと、ニキビが全く発症しないヒトの集団が二つ報告されています。パプアニューギニアのキタバ島の人々、それとパラグアイの”Ache”の人々です。彼らも、他の人類と同じように、狭い産道を通過する重いお産で生まれてきて、同じような皮脂腺の分布をしていますが、ニキビができないそうです。これは食文化の違いによると考えられます。いわゆる西洋的食習慣、高グリセミック指数食(ざっくりいえば炭水化物)と乳製品がニキビの悪化要因として知られていて、特に高グリセミック指数食(の摂り過ぎ)は人間に特有でしょうから、食習慣もヒトだけにニキビができる一つの理由であるとは言えるだろうと思います。

おわりに

~以上はあくまで仮説です。ヒトに固有の現象の観察なので、他の動物モデルなどでは検証ができません。ヒトで、難産の程度の民族差が見い出されることがあれば、皮脂腺の量を調べることで、仮設の検証ができるかもしれませんが、今のところはそのようなデータは報告されていません。
一方で、外胚葉異形成症という先天性疾患の一部で皮脂腺が減少しており、皮脂腺が少ない場合のモデルとなり得ますが、症例数が少なく、お産に関するデータについて筆者らは(文献サーチや専門家に問い合わせをしても)得られなかったようです。
検証の乏しい仮説ではありますが、説得力があり、興味深いと思いましたので、ご紹介致しました。

おまけ

にきび・にきび跡の治療についてはこちらをご覧下さい

>猫のニキビについての文献

Vet Dermatol. 2006 Apr;17(2):134-40.
An Evaluation of the Clinical, Cytological, Infectious and Histopathological Features of Feline Acne
E Jazic, K S Coyner, D G Loeffler, T P Lewis

>犬のニキビについての文献

J Invest Dermatol. 1981 Oct;77(4):341-4.
A Comparison of Comedonal and Skin Surface Lipids From Hairless Dogs Showing Clinical Signs of Acne
C J Bedord, J M Young

新型コロナ肺炎と血液型の関係について~ABOよりもRh?

今日のお話は美容医療ともクリニックとも全く関係がありません。

数日前のニュースで、ABOの血液型と新型コロナ肺炎の重症化とに相関があることが報道されていました。
それも、New England Journal of Medicineという、医学論文のトップジャーナルに掲載されたのですから、結果の信憑性も高いと考えられます。ただ、ニュースでは詳しいことが全く分からないので、原著を読んでみました。

Genomewide Association Study of Severe Covid-19 with Respiratory Failure
David Ellinghaus et al.
N Engl J Med. 2020 Jun 17

まず、タイトルを一読して分かることは、ABO式血液型に焦点を当てて調査した研究ではなく、(ヒト)ゲノム全体を調査した研究であることが分かります。
具体的には、スペインとイタリアの7つの病院で、新型コロナ肺炎患者(酸素吸入か人工呼吸を受けている重症患者)と、コントロールとを対象にして、858万のSNP(一塩基多型;DNAのATCGの配列のうち一文字(一塩基)が別の文字(塩基)に置き換わっている遺伝子多型≒遺伝子変異)が解析されました。
サンプル数は、イタリアが835人の新型コロナ肺炎、1255人のコントロール、スペインが775人の新型コロナ肺炎と950人のコントロールです。

ちなみに、新型コロナ肺炎は欧州ではイタリアとスペインの二国で初期の感染爆発が見られたため、その感染のピークの頃にこの二国が研究対象となりましたが、比較的穏やかだったドイツとノルウェーの研究グルールがサンプルの遺伝子解析などに平行して協力したことで、この研究が実ったそうです。

解析の結果、第3染色体短腕(3p21.31;ゲノム上の場所を表しています)と第9染色体長腕(9q34.2)の2か所に、二つの群で有意な違いが見られる部位が見つかりました。

このうち、前者は6つの遺伝子が集まっている場所で、これらの変異は、同じ新型コロナ肺炎群の中でも、人工呼吸を受けた群で多く(酸素吸入だけではなく)、さらに二つの対立遺伝子の両方とも変異となっている19人の患者は、比較的若い患者が多かった(通常、新型コロナ肺炎は高年齢の方が重症化しやすい)ことから、この部分の変異は新型コロナウィルスの重症化と相関することが示唆されます。
また、この変異の頻度には地域差(≒人種差)が見られるそうです。
6つの遺伝子のうちのどれが新型コロナ肺炎の重症化の原因となり得るのかは今回の研究では分かりませんでした。SIT1、CCR9、CXCR6などが候補となるだろうと筆者らは考えています。SIT1は新型コロナウィルスの受容体として働くACE2と相互作用する蛋白質で、CCR9とCXCR6はいずれもサイトカインの受容体で炎症のメディエーターとして働きます。新型コロナ肺炎の重症化では「サイトカイン・ストーム」がキーワードの一つでしたね。

もう一方の第9染色体の変異が見られたのがABO式の血液型です。
新型コロナ肺炎のかかりやすさが、A型で1.45倍(かかりやすい)、O型で0.65倍(かかりにくい)というデータです。
この研究以外でも、2つのグループ(中国と米国)から、新型コロナ肺炎と血液型とが相関するという報告が投稿されていて、現在査読中(preprint)のようです。また、2002~2003年に流行したSARS(新型コロナウィルスと近縁)でも同様の報告がされています。

ABO blood group and susceptibility to severe acute respiratory syndrome.
Cheng Y et al.
JAMA 2005;293:1450-1.

血液型とウィルス感染の相関は、他にもB型肝炎ウィルスなどでも見られているそうです。
血液型遺伝子(赤血球の膜上の糖蛋白の糖鎖を変える)がどのようにして新型コロナ肺炎の感染と関わるのかは不明ですが、この糖蛋白そのものや、あるいは血中に作られている抗体(ABO抗原に対する抗体)が関係するかもしれませんし、あるいは、この遺伝子がvon Willebrand因子(血液の凝固に関わる因子の一つ;新型コロナ肺炎では血液凝固異常が見られる)の安定化に関わっていることがもしかしたら関係あるかもしれないと筆者らは指摘しています。

さて、血液型と新型コロナ肺炎のかかりやすさに相関があるならば、国別の血液型の分布の違いと新型コロナ肺炎の患者数や死亡者数とに相関があるのかどうか、興味を持ちました。新型コロナ肺炎は東アジアでは感染者・死亡者数が少なめに見えますので。
血液型の分布も新型コロナ肺炎の患者数も、インターネット上で入手できますので、さっそく確認してみました。

まず、日中韓に加えて、死亡者がゼロでアジアの優等生とも言えそうなベトナムの四カ国と、新型コロナ肺炎の感染者数のトップクラスである米国やブラジルなどとを比較してみました。

予想される結果は、日中韓越でA型が少なくO型が多い、新型コロナ多発国で逆となることですが、表を見るとあまり相関ないように見えます。
それよりも、ABOとセットで記載されていたRh型の方が相関あるみたい??

ということで、もう少し詳しく解析してみました。
上の表のような中途半端な抽出ではなくて、血液型分布データが手に入る全ての国を含めてグラフを描いてみました。

データを参照したサイトは下記です。
新型コロナウィルス感染者数・死亡者数など
https://www.worldometers.info/coronavirus/

世界の国々の血液型分布
https://en.wikipedia.org/wiki/Blood_type_distribution_by_country

まずABO式血液型。
B型、AB型でのオッズ比は分かりませんでしたので、これらについては「1」として、人口に占める各血液型の割合と、それぞれの血液型での(それ以外の血液型に対する)オッズ比(上のNEJMの論文のデータ)との積の和を横軸に、人口に占める患者数と死亡者数(人口1万人当たり)を縦軸にして描いた散布図がこちらです。

感染者数では逆相関、死亡者数では正相関というグラフです。
1をカットオフ値として、1より大きい群と小さい群とで、感染者数、死亡者数とに有意差があるかt検定をしてみたところ、感染者数ではp=0.5881、死亡者数では0.0019で、後者でのみ有意差ありと見ることができます。
上のNEJMの論文は、ある程度以上重症な(酸素吸入か人口呼吸を受けている)新型コロナ肺炎を対象としていますから、「かかりやすさ」ではなくて「重症化のしやすさ」と解釈すれば、論文のデータと整合性のある結果であると見て取れます。

つまり、ABO式血液型の国別の分布の違いは、新型コロナ肺炎の死亡率の国別の違いの一因であることが示唆されます。

とはいえ、相関性は高くはなくて、東アジアと欧米との大きな差を説明するには程遠いと言えます。あくまで、「一因」で、しかもその寄与は少ないと考えられます。

一方のRh型。
Rh+の比率を横軸にして同様に描いたグラフがこちらです。

感染者数、死亡者数とも正相関となり、死亡者数では、目ではっきりと傾向が読み取れると思います。
ABO血液型と同様に、こちらでは0.1(10%)をカットオフ値として検定してみると、感染者数はp=0.1405、死亡者数は0.0000275で、やはり死亡者数のみで有意差ありと判定できると言えます。

グラフを見た印象でも、t検定でも、ABO型よりもRh型の方が新型コロナウィルスでの死亡と強い相関がありそうに見えますね。

RhD抗原の生体内での役割について何か知見があるかと調べてみたら、それについてはヒントが見つからなかったのですが、RhD抗原と新型コロナ肺炎との関連を示唆するpreprintの論文を見つけました。

Testing the association between blood type and COVID-19 infection, intubation, and death
Michael Zietz and Nicholas P. Tatonetti
preprint

Rh+とRh-で比較したというよりは、A+(Rh+のA型)とB+が他の血液型と比べて新型コロナ肺炎と相関がありそうだという結果のようです。

上の私のグラフで、「(血液型による)低リスク群」で高い感染者数、死亡者数となっている「例外的」な国は、ペルー、チリ、シンガポール(死亡者数は多くない)、エクアドルです。
ペルー、チリ、エクアドルはいずれも南米の国ですので、何か共通点があるかもしれないですね。

なお、Rh+/-が新型コロナ肺炎と相関があるとしても、それが直接関わるとは限らなくて、何かRh+が遺伝しにくい選択圧(ヒトの遺伝子によるものかもしれないし、もしかしたら地域による違いかもしれない)があって、それが新型コロナ肺炎と相関しているというような間接的な関わりの可能性もあるかと思います。

いずれにしても、研究の価値はあるかもしれないですね。