パンデミックを引き起こしている新型コロナ肺炎ですが、早い時期から男性の方が重症化しやすいことが指摘されていました。その理由として喫煙率や生活習慣などが取り沙汰されていましたが、もう一つの可能性として、男性ホルモンが関係するかもしれないという論文が発表されていました。
新型コロナウィルスが感染する際には、コロナウィルスの表面にある『スパイク蛋白』と呼ばれるたんぱく質が、ヒトの肺などで発現している『ACE2』(アンジオテンシン変換酵素2型)と結合することでウィルスが細胞の中に取り込まれるわけですが、それに先立って、スパイク蛋白が修飾を受ける必要があります。
この修飾(実際にはスパイク蛋白の一部分が切り取られる)をするたんぱく質がTMPRSS2(膜貫通型蛋白分解酵素セリン2)なのですが、男性ホルモンはこのTMPRSS2の発現を制御しているのです。
男性ホルモンの働きで、TMPRSS2の量が増え、TMPRSS2がコロナウィルスのスパイク蛋白を「修飾」することでコロナウィルスはACE2を発現する細胞に入り込めるようになる ― つまり理論上、男性ホルモンが間接的にコロナウィルスの感染を促進するだろうということです。
同じメカニズムはSARS(2003年に流行したコロナウィルス肺炎、新型コロナとよく似ている)でも実験的に確かめられています。さらに、TMPRSS2はインフルエンザウィルスの細胞侵入も促進します。
Gorenらは、上の仮説を確かめる目的で、スペインに於けるコロナウィルス肺炎の患者らについて、男性型脱毛症(AGA)の有病率を調べました。
その結果71%が「臨床的に有意な」AGAで、29%が軽度のAGAの症状を有していました。
比較対象となる、スペインの一般人口に於けるAGAの有病率は残念ながら無いのですが、白人(Caucasian)でおよそ31%から53%くらいと言われているそうです。
新型コロナ肺炎は、報道を見る限りは欧米での感染拡大が深刻で、アジアでは欧米と比べて感染者数も重症者数も少ないように見受けられます。アジア人には比較的優しいウィルスと言ってしまうと先走り過ぎかもしれませんが、医師向けの掲示板(m3.com)でもそうした見方は話題になっています。
その理由として、BCG説も取り沙汰されていますが、何らかの遺伝要因の可能性ももちろんあるわけです。
その遺伝の要因として、上記の男性ホルモンは候補の一つになり得るでしょう。
男性型脱毛症の人種による違いは、アングロサクソン(白人)は若くして発症して進行も早い、日本人は遅く発症して進行もゆっくりなのだそうです。
さて、男性ホルモンが新型コロナウィルス感染を促進することが本当だとしたら、あるいは新型コロナウィルス肺炎の重症化に男性ホルモンが関与しているのが本当だとしたら、男性ホルモンをターゲットとした治療が新型コロナウィルス肺炎の重症化を抑制する一つの候補になり得るのかが気になるところです。
今のところ、その証拠はありませんが、Gorenらはその検討はすべきだろうと結論づけています。
具体的には、AGAの治療薬として私たちが日々処方している、ザガーロやプロペシア(ザガーロの方が男性ホルモンの抑制作用が強いので、上記の目的では効果が高そう?)が、特にAGAの方々では新型コロナ肺炎の重症化リスクを抑制する可能性があると考えられます。(あくまで「可能性」です、念のため)
私たち美容・形成クリニックは医療機関とはいっても新型コロナとは縁が遠そうな分野と思っていましたが、意外なところでつながってるみたいだ、というお話でした。
文献>
Goren A et al
A preliminary observation: Male pattern hair loss among hospitalized COVID-19 patients in Spain – A potential clue to the role of androgens in COVID-19 severity.
J Cosmet Dermatol. 2020 Apr 16
Hoffman M et al
SARS-CoV-2 cell entry depends on ACE2 and TMPRSS2 and is blocked by a clinically proven protease inhibitor.
Cell 2020: 1-10
「板見教授インタビュー: 男性型脱毛症(AGA)になるメカニズム」
https://www.aderans.co.jp/kamiwaza/kami_trivia/itami_01_choice/