「美白」について考える

今年の5月に米国で黒人男性が警察官に不当に殺された事件を受けて、肌の色を元にした人種差別に対する抗議運動の世界的な広がりが、日本でも盛んに報道されています。
この動きを受けて、医薬品大手の米ジョンソン・エンド・ジョンソンが、一部の美白化粧品の販売を取りやめる、さらに、仏化粧品大手のロレアルが自社商品から「美白」などの言葉を排除する、ことが報道されています。

「白」=「美」という価値観が、白人至上主義による人種差別の一つの表れであることがその理由でしょう。

“Black Lives Matter”は、日本でも初めて、6月15日に渋谷でデモ行進が行われていますが、欧米での一連の動きを見ていると、日本での受け止め方はかなり静かだと感じます。

日本でも「美白」は好まれていますし、現代の日本人は米国の影響を強く受けて育っていますから、日本に於ける「美白」志向も日本人の白人への憧れが根底にあるのではないか、もしそうならばこれも人種差別的なのか、という議論はあり得ると思います。

これについては、甲南女子大学教授の米澤泉氏が「白肌志向は白人への憧れか?―「色の白きは七難隠す」日本人女性の美白意識をたどる」というタイトルで論じています。
これによれば、日本人の白い肌への憧れは、古くは平安時代からあって、当時は日焼けしないで済む貴族への憧れであったそうで、また、一般庶民が「美しくなるために」白い肌を追い求める文化は鎖国中の江戸時代に広まったとのことですので、白人への憧れに端を発するとは言えないだろうと述べています。そして、人種差別とは無縁の日本独自の美白志向だから、上記の動きが日本に及ぶ必然性もないと結論づけています。

美容医の立場で見ると、「美白」の概念はまた少し違って見えます。
そもそも現代日本に於ける「美白」は、小麦色の肌が礼賛された80年代の後に、日焼けを引き起こす紫外線がシミやシワの大きな原因であるとの認識が広まってきたことで、健康な肌=日焼けしない白い肌と認識されるようになったものであると考えられます。

実際、クリニックを訪れる患者様方の訴えは、「肌を白くしたい」ではなくて、「このシミが気になる」です。肌全体のトーンが主な訴えである方は殆どいなくて、みんな、肌の色むらだったり、シミだったりくすみだったりが気になってクリニックを訪れ、そして美白成分の医薬品や化粧品を使用するのです。

ですから、ここで用いられる「美白」とは、「色むらのない均一な肌色」のことです。
さらに、シミやシワのない肌を求めて紫外線を避けることは、同時に皮膚癌の予防にもなるわけで、この文脈での「美白」とは、「健康な肌」とほぼ同義であると考えられます。

欧米発の美白化粧品と言えば、「オバジ」(クリニックでは、Zein Obagiの頭文字を取った「ZO」ブランドの化粧品を扱っています)が有名です。そのオバジ(ZO)の化粧品に於ける美白も、同じ文脈での美白だと思っていました。
他のブランドでも、そう変わることはないと思うので、冒頭で引用した欧米に於ける「美白」排斥の動きは、少しずれている過剰な反応と言えなくもないように思います。

それでもそうした動きが生じるのは、人種差別問題がそれだけ根深いということなのでしょう。
私などが論じることではありませんが、現在の欧米社会を作り上げてきた歴史そのものへの大いなる反省なのでしょうか。
私たちが静観していて良いのかどうかは分かりませんが、歴史を反省するという姿勢は見習うべきことであるようにも思います。

ハイドロキノンって天然成分?

インターネットを見ていると、「色素沈着に強い効果を発揮するハイドロキノンは、意外にもイチゴやコーヒー、紅茶にも含まれている天然成分なのです」というような文言を見かけることがあります。

例えば、製薬会社のウェブサイトでも
「ハイドロキノンは、イチゴ類、麦芽、コーヒー、紅茶など天然にも存在する成分」と記されてます。

本当なの?と思って調べてみると、ちゃんと文献がありました。

Human Exposure to Naturally Occurring Hydroquinone.
P J Deisinger et al.
J Toxicol Environ Health. 1996 Jan;47(1):31-46

ハイドロキノンは古くから工業的に合成されていて、1946年頃にハイドロキノン合成工場に於ける健康被害の報告がされています(報告を受けて対策がされて、今では同様な健康被害はなくなっていると思われます)。職業的にハイドロキノンに暴露されている人がいるわけですが、そうではない人の尿中や血清中からも低濃度のハイドロキノンが検出されるため、この論文では候補となる食品について、ハイドロキノン含有の有無について調べています。
コーヒー(0.2ppm)、赤ワイン(0.5ppm)、小麦(0.2~0.4ppm)、ブロッコリ(0.1ppm)などから検出され、さらに健康な被験者がこれらを含んだ食事をすると2~3時間後に血清中のHQが5倍、尿中では12倍になったと報告しています。
(つまり、一般の人で、食品中のハイドロキノンが体内に摂取されていることが示唆される)

イチゴ(果物として有名なイチゴ;バラ科)については、文献は見つかりませんでしたが、イチゴノキ(ツツジ科、英語でも”strawberry tree”)については複数の文献が見つかりました。
例えば、

Quantitative Analysis of Arbutin and Hydroquinone in Strawberry Tree (Arbutus Unedo L., Ericaceae) Leaves by Gas Chromatography-Mass Spectrometry.
Karlo Jurica et al.
Arh Hig Rada Toksikol. 2015 Sep 1;66(3):197-202

ちなみにwikipediaによれば、イチゴノキの果実は食用にはなるが、あまり美味しくないもののようです。もしかすると、イチゴノキとイチゴが混同されて「イチゴにハイドロキノンが含まれている」説が広まったのかもしれないですね。

また、hydroquinoneの英語版wikipediaには、天然に於けるハイドロキノンの例がいくつか記載されています。
“Bombardier beetle”という昆虫は危機に際してお尻からハイドロキノンと過酸化水素の混合液をスプレー噴射して身を守るそうです。検索すると、カエルに捕食された後に生還するBombardier beetleの様子がYouTubeでご覧頂けます(閲覧注意)。
その他、クマコケモモにはアルブチンが含まれていて、食するとアルブチンの代謝物であるハイドロキノンが尿中から検出されるそうです。
クマコケモモは英語で”bearberry”で、上記のイチゴノキと同様にツツジ科でイチゴに似た〇〇ベリー系の果実が成りますので、ハイドロキノンがイチゴに含まれる説の出所はこちらの可能性もあるかもしれないですね。

いずれにしても、天然にも存在する成分であることは、ハイドロキノンの効能や安全性とは関係がありません。「豆知識」になるかなという程度のこととご認識頂ければと思います。